2017年06月18日

6月17日の記事

骨董品を収集する趣味をお持ちの方々は、
陶器類に絞って集めたりとか、昔の道具類に拘ったりとか、
掛け軸だけ収集して週替りで床の間に色々かけて悦に入ったり、
ある程度ジャンルを固めて収集している人が多いのでしょうか?

それとも、茶碗やら掛け軸やら古い絵画やら、とにかく気に入ったもの、
或いは価値があると思われるものを集めることに
意義を感じている方が多いのでしょうか?

父上の場合はとにかく骨董品であれば手当たり次第に集めていた印象があります。
商売で骨董品を扱うからお客さんのニーズに答えるために
不特定多数に手を染めていたのもあるでしょうが、
まあ古いものなら何でも好きって印象はありましたね。

でも去年の移転の際、大半の品物を手に取りながら、
父上にどれが残しておきたいのか、必要であるかを問うていたところ、
どうやら父上は掛け軸と焼き物類に執着があったんじゃなかろうかと感じております。
というわけで父上亡き後のこっとう和、茶碗と掛け軸の在庫数は結構あります。



毎回同じような品ばかりで申し訳ありませんが、今回も茶碗です。
コレも恐らく、古いものだと思われます。
なぜなら、父上が苦労して継いだ跡があるからです。



サイズ的には一般的にイメージする茶碗より直径が小さめです。



息子的にはこの釉というんでしょうかね、
濃い感じのドロッとしたものが垂れているところが好きです。
何かね、こういう軽い凹凸感によるメリハリっていうんでしょうか、
細かな部分に秘められた自然な造形という感じに惹かれます。  
タグ :焼き物

Posted by 骨董屋「和」の息子 at 00:15Comments(0)商品の説明

2017年06月11日

親父の苦労が偲ばれる一品

去年の10月に父上の店の写真を撮りに行った時、
「藤岡コーヒーやるための茶碗が欲しい」と言ったところ、
父上から「どれでも好きなのを持っていけ」と言われたので
色々と物色していたところ気になったものがコレです。



継ぎ接ぎだらけのこの茶碗。
古い有田焼のものだと言ってたような気がしましたが、
ブツについて色々聞こうとしたところ大分狼狽していたので、
詳細については結局聞けずじまいだったのですが
古いものであることに疑いはないでしょう。

元々バラバラになっていたものらしく、ツギハギの痕があります。
息子の記憶によるとコレはまだ骨董品屋をやる前に、
実家の片隅で修復していたものだったはずです。



修復痕が結構派手で素人目にはみすぼらしさを感じますが、
今になって思うと「あー、あん時父上が真剣な眼差しで組み立てていたやつだなぁ」と、
在りし日の父上の苦労というか、気概を偲ぶ一品であります。

こういうどっしりとした色合いの茶碗で飲むコーヒーはさぞかし旨いことでしょうが、
この茶碗の歩んできた歴史を知る由もない息子が持つべきものではないと判断し、
写真を撮影後、そのまま棚に戻してきました。

父上が意地になって復活させた思いが詰まったこの茶碗、
次の行先は一体誰になるのでしょうか?  
タグ :焼き物

Posted by 骨董屋「和」の息子 at 21:31Comments(0)商品の説明

2017年05月28日

5月28日の記事

父上は遠い世界へ旅立ちましたが、こっとう屋「和」はまだあります。
母上が店番しながら父上が残した品物を買ってくれる人を
心待ちにしておりますのでこれからも暫くは店は開いております。



さて、今回紹介するのは“古唐津の花生け”。
父上のコレクション&商品には結構な数の古唐津、古伊万里がありました。
コレもその中の一つです。

ただ、父上所有の古唐津は大半が破壊されたものを修復したもので、
この花生けのように完全な姿で残っているものはなかなかありません。



花生けのサイズは高さが20cmぐらい、直径は4cm位ありますが、
花を刺す穴は花一輪ぐらい入れるのが精一杯のサイズです。



形は保ってはいるものの、一部表面が剥離しております。
時代を生き抜いた証とも言えるでしょうし、
古い陶器類で完全なものと言うのはなかなか無いものなんだと思わされます。

生前、父上は言ってました。
「200年ぐらい前の落とせば割れる陶器が未だに残っている、
焼き物は大事にしていればいくらでも長生きできるけど、
でも実は、コレって凄いことじゃないかな?」と。

ああ、こういうのを欲する人はそういうところに惹かれるわけなんですね。



こっとう屋「和」の場所はコチラです↓
大分県由布市湯布院町川上3055-1  
Posted by 骨董屋「和」の息子 at 22:16Comments(0)商品の説明

2017年05月27日

こっとう屋「和」はもう少し店を続けさせていただきます

4月末に少し早い四十九日を終え、
父上は墓の中に眠ることになりました。


しかし父上が生涯をかけて集めた骨董品は未だ店に陳列されたままです。
本来ならば父上が残した遺産とも言えるであろう骨董品を
皆で分けて財産分与と言うところなのでしょうが、
(恐らく)父上的には残念なことに母上も4人の息子も骨董品には全く興味がありません。
そしてその父上の集めた物に対する価値も全く理解出来ません。

中には素人目にも「コレはいいものだ」と思える品も多々あり、
父上が我々のために残してくれた、伝えたいものであろうと理解した上で、
頂戴しても悪くはないかなと考えなくもないのではありますが、
価値が解らない、良さが理解できない人間の手元で燻るよりは、
その素晴らしさを理解してくれる人間の元にあったほうがいいと思うのです。


そこで、まだ1年ぐらいは店を続けて母上に店頭に居てもらい、
父上が残した骨董品をその価値が理解できる人に安く提供しようと
家族や兄弟の間で意見が一致しました。

父上が付けていた額面の半額で売らせていただきます。

以前こっとう屋「和」に足を運び、気に入った商品に出会い、
欲しいとは思ったものの金額を見て躊躇された方は
再度店に足を運び、欲しかった品を手に入れていただきたい所存です。

今後ブログでも息子がどのような商品が置いているかを紹介しますので、
気になった品があったならば是非とも店に来て頂き、購入していただければ幸いです。

店の方は今後は母上が福岡と湯布院を行ったり来たりの生活になりますので、
願いどおりに開店していないこともあるかもしれません。
事前にご連絡いただければその日に店に居るようにいたします。

ご来店の際、母上の携帯の方へメッセージ又は電話を下されば、
店を開けてお客さんを受け入れる体制を整えたり、
詳しい店の場所をお教えできますのでどうぞよろしくお願いいたします。


新しいこっとう屋「和」の連絡先、
母上の電話番号は090-9586-2826です。

これからも暫くは“こっとう屋 和”をよろしくお願いいたします。  
Posted by 骨董屋「和」の息子 at 22:22Comments(4)

2017年03月27日

骨董屋の親父、さようなら



3月20日、骨董屋の親父は69年の生涯を終えました。

骨董屋の親父が肺癌の診断を受けたのは5年前。
癌に侵された片肺を切り落せばどうにかなると言われて
人生初の手術で片肺を切り落としたもののそうは問屋がおろさず。

抗癌剤で体内に残った癌をどうにかしようと目論んだものの、
進行を止めることは出来ず、抗癌剤の影響で衰弱する一方。
ガタイの良かった親父が細く変わり果てた姿を見た時、
息子は心の中で涙を流し、「コレは悪い夢なんだ」と思いました。

2年前に医者からは「もうどうしようもありません」と言われたので、
電気治療に切り替えて癌に対抗を試みました。

この頃までは肉体的には大分衰えたものの、
生きる気力はまだまだあったようで息を切らしながらも店に足を運び、
骨董屋の主人として、一人の漢(おとこ)として、
少しでも長生きしてやろうという気迫がまだあったんで息子も少しは安心していたのです。

しかし去年の5月前、熊本を襲った自身が湯布院をも巻き込み、
店の商品も結構な数が破壊し、盗難の憂き目にも遇うなどした上に、
日に日に身体の披露が増す毎日が続き、酸素ボンベをお供に連れて歩くようになります。
ソコから気力が段々なくなってきたのか、弱気な発言を繰り返す一方。

結局、酸素ボンベを抱える状況では家から店の行き来だけでも大変だということで、
今まで金鱗湖の近所に構えていた店を引き上げて自宅の離れに店を移し、
細々ながらも店を続けていこうと考えてはいたようですが、
その意志とは裏腹に身体が言うことを聞かなくなる毎日。
年末に息子が家を訪れたときにはまだ生気はあったものの、
目つきは現世を見ていない感じがして、悪い予感を感じたものです。

その後、肉体的に芳しくないということで3月13日に入院し、
状況の改善を試みたものの20日に事態は急変し、
結局そのまま帰らぬ人となってしまいました。

現役引退後、好きだった由布岳の見える湯布院に移り住み、
好きだった骨董品を売りながら余生を過ごす事を決めた父上。
金鱗湖の近くの小さな骨董品屋は少しではありますが客が訪れ、
退屈ながらも楽しい日々を送っていたようでした。

しかし予想しなかった肺癌に身体を蝕まれてからは事態は悪くなる一方。
大好きだった煙草を辞める羽目になり、
食う事が好きだったのに食い物も受け付けない体になり、
骨董品だけを心の拠り所としながら生きながらえようとはしたものの、
結局病には勝てず、この世を去ることになりました。

退職してからの9年間、後半は身体も思うように動かず、
店を営むのもままならない状況ではありましたが、
骨董品屋を好き勝手にやらせてもらいながら生きることが出来た人生、
悪くはない人生だったんじゃなかろうかと思ってやりたいです。

骨董屋の親父が居なくなった今、店の商品だけが取り残されている状態です。
親父が手塩にかけて集めた骨董品、このまま処分するのも忍びないですし、
何よりも骨董品が好きな人に少しでも渡ってくれた方がいいだろうということと、
母上が暫くは湯布院の方に住みながら、たまに福岡に帰る生活をすると言うので、
四十九日が終わる5月の連休以降ぐらいには
店を再開することになるはずです。
  
Posted by 骨董屋「和」の息子 at 01:51Comments(1)